Pocket

どうも。

たろう(@v_varentaro)です。

 

アメリカの都市想像から様々なライフスタイルがあることを知ってから、ポートランドを中心にアメリカの動きを調べていた。

 

参考: グリーンネイバーフッド(Green Neighborhood)は、これからの都市を想像する良書である。

 

ある日、私がポートランド関連の記事を派生させながら読んで、見つけたのはこの記事からでした。

 

参考:アメリカで起きている生き方の変革とは?ー「ヒップな生活革命」を読んで アットカフェ)

 

去年のTWDWのボランティアの際に、少しお見かけした加藤たけしさんとその奥様の佐藤茜さんが運営するブログメディア。しっかりとした構成と読みやすい文章から、私はこの本を読みたいと感じました。

 

直ぐに書店に駆けて見つけて購入して約3日で読んだ。感想は、心から読んで良かったと思えた。

 

上辺だけで感じていたアメリカで起きているライフスタイルの変化に、更に深く学べることが出来たのは嬉しい。

スポンサード リンク

ヒップな生活革命。私たちは新しいライフスタイルへシフトすべき

ここからは、この『ヒップな生活革命』の中から、ピックアップして自分なりの考えも入れてみた。

 

新しい文化への考えは、より強いつながりを感じるものを選ぶ方向にシフトしている

この新しい文化の潮流は、自分たちが消費するものの本質を強く意識することから始まっています。口に入れたり、身に着けたりするものがどこで作られ、どこからやってきたのかを考えよう、社会的責任に重きを置く企業を支持しよう、「より大きいものをたくさん」という消費活動と決別しよう、お金さえ払えば誰でも手に入れることのできる高級ブランドのバッグよりも、自分がより強いつながりを感じるものを、たとえば同じコミュニティの一員がデザインし、地元の工場で、自分たちと同じ電車に乗って仕事に通う人が作る商品を使おう、という新しい価値基準の提案です。

 

新しい文化の考えはまさにこの一文に凝縮されている。

 

しかし、これは元々人間が昔から持っていた考えなんだと考えさせられます。消費主義生活のど真ん中にいる私が目新しく見えるのも無理はない。

 

ですが、最近のライフスタイルの変化の動向を見る限り、世界的にこの価値基準へのシフトしていく可能性を大いに秘めていると思っていて、 私自身もその変化に徐々にシフトしていく方が、より人間的に自然に生活していける気がしている。

 

化学反応が起こるコミュニティスペース

アレックスが思い描いたビジョンは、「人が集まることでケミストリーが起きる場所」でした。

 

アレックスとは、ポートランドの”エースホテル”の創設者アレックス・カルダーウッド氏のこと。アレックス氏が言った『ケミストリーが起きる場所』という言葉にはとても共感した。

 

ホテルと名がつくことで寝泊まりする場所でもあるが、既存のホテルに留まらない、『人と人が集まり、変化の発信地の一つ』としてのコミュニティスペースとして活用してもらう考え方は、これから必要になっていくと思う。

 

世界にはコ・ワーキングスペースが存在してそこで様々な業種の方が多く交流しています。そのようなスペースを、もっともっと様々な年齢や国籍の方に活用していただき、身近にしていくことこそ、時代をイノベーションするきっかけにもなるはず。

 

別にそこで何かを作らなくてもいい、まずは自分たちの周りにいる人と話が出来る、集える場所としての存在は必要であると思う。

 

意識のチェーン

同じ価値観を共有する人たちのあいだで、いわば「意識のチェーン現象」が起きているのです。

 

必然的にこの要素はコミュニティを作ると出てくる。

 

チェーンが繋がり続けることで大きな大きな輪や直線となり、時代の新しいトレンドとして形成されることも不可能ではないはずだと思う。

 

実際に、ポートランドやブルックリンでは起こっているわけで、それを無理だとは思わない。

 

誰かのものでもない、自分自身の人生をコントロールする

自分が自分のボスになって生活をコントロールする

 

特にアメリカではサブプライムの金融危機が大きなきっかけとなったことが大きい。

 

自分の人生の大半は自分に決定権があり、それを自分で選択して人生を作ることの何がいけないのでしょうか。私もこの考えに同意したい。

 

責任は全て自分が持つことになるが、それは当たり前のことだ。私、個人としてはその覚悟を持って、日々生活しているつもりである。

 

食材を考える

「体にいい食料を作ること、栄養を考えること、未来の世代のために土地を大切にすること、旬のものを食べること。こういった価値基準は、何も私のオリジナルでも、新しい考え方でもありません。ファストフード文化には、せいぜい60~80年くらいの歴史しかない。その文化に慣れてしまえば、ファーマーズ・マーケットで売られる食材を高いと思ってしまう。そのおかげで、食べ物は安くあるべきという考え方が広がってしまいました。食べ物の価値を下げるのには無理があります。食べ物が安かったら、誰がどこかで損をしているということなのです。」

 

レストラン「シェ・パニース」を経営し、食のライフスタイルを考え提唱し続けるアリス・ウォータースさんの言葉。日本でも人気のある方。(この本を読んだ後に、偶然、テレビでアリスさんのライフスタイルが紹介されていて記憶に残っている。)

 

この言葉は本当に当たり前のことだと気づかさた。確かに安ければお金も節約も出来ますし、沢山買うことも出来る。

 

しかし、食べ物の価値観や値段基準がおかしくなっているという事実に気付かなければならない。食材を作り、提供している人がその先に必ず居ることをもっと自覚し、その人達も笑顔になれるような見合った価格基準が適正であるということが大切なのだということ。

 

安いから大量に買うことは私もしてしまうので否定は出来ないが、食材は安くあるべきだと傲慢な価値観にはなりたくない。その食材の向こう側にいる人達に感謝をしなければいけない。

 

消費する時代への警鐘

アメリカ的消費主義を最も象徴する現象は、「ブラック・フライデー」と呼ばれる日から始まる年末商戦です。アメリカの年末のホリデーシーズンは、11月の第3木曜日または第4木曜日に祝われる感謝祭から始まります。(中略) 歴史をさかのぼれば、感謝祭は収穫と家族の存在に感謝するための祝日だったはずです。それがいつしか消費を煽る企業主導の文化の中で、景気の命綱とも言える日になってしまったのです。

 

販売業の経験がある。多くのお客様に多く買って頂けて、自らの給料に反映されているのは事実である。しかし、本当にこの消費サイクルは正解なのか、これでいいのかと疑問を抱いてしまうこともある。

 

消費する時代は、そろそろ終わりにしませんか。

 

自らが信じているところに投資するという考え

誰もが知っているような高級ブランドの商品よりは安いけれど、大量生産の商品よりは確実に高い商品を購入することは、それ自体には社会を変える可能性はないかもしれません。けれども、自分が支持する試みに投資するという充足感が、何かを購入するという行為にプラスアルファの価値を付加しています。

 

目に見えない付加価値は確実にある。「買ってよかった」「ここの製品だから安心出来る」と思える気持ちは買い物をする上で大きい。人間はモノよりそのような目に見えない部分を大切にしていくべきなのかも。

 

私もジーンズ発祥の地で有名な岡山県の児島で購入したジーンズを持っている。

 

参考: ジーンズの聖地『児島ジーンズストリート』に行って感じたこと。

 

今まで買ったジーンズより満足感や充足感を得ているのは、しっかりと自らが選らんで納得して購入したからこそ。そんな付加価値が、買った後でも感じられるかが否かで、消費主義への考え方が変わってくるはずです。

 

自分の生き方をブランドとする

かつて「ブランド」を作ろうとした場合、大きさに差はあれど、ひとつの「コレクション」として商品のラインを構築するというやり方が、デビューの定型として存在していました。しかし、インターネットで消費者との物理的距離感が縮まり、個人が起業するためのツールが増えていることもあって、より気軽に単体のアイテムから出発するブランドが増えました。まず投資家や支援者を見つけ、借金を背負ってサンプルを作り、それをもとに注文を取って、前金を工場に払ってようやく商品を作る。こうした旧来のやり方に伴うリスクを嫌い、できるところから始める、という方法論が普及しつつあるのです。けれど、もっとも注目すべきだと私が思うのは、自分の生き方をブランドに表現する人たちが増えているということです。

 

できるところから始めるという近年の起業の傾向に近い。このやり方には賛成ですし、リスクも少ないし修正も効きやすい。

 

私が一番衝撃的だったのは最後の一文。自らの生き方をブランドとして表現することこそ、新しいビジネスへの一歩だと感じた。

 

生き方をブランド化するやり方は、まさに未来の働き方を考える上で欠かせなくなってきている。実際に日本でもそのやり方でやっている方が私の周りにもいる。先ほど紹介した自分の生活を自分でコントロールするというスタイルにも直結できそう。

 

日本文化が忘れたもの

今ブルックリンやポートランドで起きてることは、すでに日本の文化のそこここでも起きています。その地域の旬の食べ物を食べること、自分の周りで作られたものを支援すること、自分の手の届く範囲から何かを変えようとすること、そんな価値観で海外のコミュニティとつながり何かをを始めた人もいるでしょうし、日本の伝統の根底に流れる哲学から何かを吸収した人もいるでしょう。こうしたことは日本人でも忘れがちなことですが、アメリカが危機にさらされて自らの歴史を振り返ったように、今こそ日本人も自分の文化の核にある考え方をあらためて見つめ直してみることが必要なのかもしれません。

 

確実にこの考え方は日本にも広がっています。

 

それは今の20代から30代の人々が主軸となって今、起こっている。多様な文化を取り入れすぎた日本が今必要なのは、まさに日本らしさそのものなのだということ。

 

歴史を振り返って、良い時代の日本を創りながら取り戻していくことが、これから重要なのでしょう。

 

自分の手の届く範囲内で、徐々に大きくする

海外で良いとされているものが鳴り物入りで日本に登場するときに、違和感を感じることがあります。誤解を恐れずに言えば、海外で流行っているものを、そのままコピーして日本に紹介するという手法に私は反対です。今、ポートランドやブルックリンで起きていることは、その地域の特性から生まれてきた土着のものであり、単にコピーするとその意味は失われてしまうからです。ですから、せめてそれがどういう文脈から登場してきたのかを考えてほしいと思います。それをヒントに、自分の手が届く範囲で自分にしか作れないものを作ること、自分がいる場所でしかできない創作をすることが、ひとつの正しい答えなのだと私は感じています。

 

アメリカはアメリカ、日本は日本。新しい文化の考え方は参考に出来ても、真似をすることではないということ。

 

日本には日本独自の文化があって、それを活かさず殺して、他の文化を取り入れて、その場しのぎのように取り繕っては今までとは変わりはないということ。

 

参考にできること真似すべき、制度などは真似をしてもいいとは思いますが、根本的な部分を捻じ曲げてしまうならば必要は無いのだと思う。

 

今、日本の地域単位から発信しようとする新しい取り組みも起こっている。(徳島県の神山町等が良い例。)

まさに身近なところから、自分の手の届くところからが発端となっているのだ。

 

さいごに

以前から、このようなライフスタイルの変化には興味があったことで読んでいて楽しかったです。

 

そして、本当に勉強になったし、自らのライフスタイルをもう一度考えるきっかけと、今まで抱いていた考え方をより深く掘り下げることにも繋がった。

 

やはりアメリカは未だに世界の変化を作る発信源となっていることをこの本から感じたし、これからもアメリカはその役割を担うのだろうと思った。

 

『simple is better、small is better』を重きに置いて考えるライフスタイルを送りたい私にとって、実に刺激的で大切にしたい本の一つとなりました。

 

 

スポンサード リンク
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です